建築女子がマーケティングに目覚めた理由

私は18歳でバセドウ病になり20歳で手術をしました。綾香さんやホンダくんがなったアレです。

これがなかなか大変でして。思うように術後、身体が戻らなかったんです。

 

健康の有難みを身に染みた日々。

友達は合コンだ、サークルだと謳歌しているのに私はカメ状態。

体力が完全に戻すことが自分の最大ミッションでした。

とにかく身体がしんどいので暗かった~!(笑)陰気くさいったらない青春時代でした。

 

そうは言っても、ドクターから「あなたは子供は生めないかと思います」と宣言されたので結婚できない可能性も大。

一生、ひとりで生きていく決心をし、飽きずに長く続けられる仕事につこうと決意しました。

 

両親に相談しましたが、「女の幸せは結婚!!」と彼らは決めつけていたので、こりゃダメだ、とさっと諦め、会社を経営していた身内で一番クレバーな祖父に相談し、建築業界に焦点を定めてさっさとその道を選択しました。

 

時代はバブルということもあり、無事ゼネコンに就職しましたが、社会人になっても体力にはあまり自信がありませんでした。

ですから人と関わらずにひっそりと生きていける業種を選択しました。

 

PCを使って図面を書く。設計をする業務担当に。

ちょうどその頃、ウィンドウズ98がデビューしたばかりでしたので、私にとっては好都合でした。

そして数年。ゼネコンで真面目にお勤めしていた私でしたが、体力も回復してきたので欲が出てきました。

 

もっと違う世界が見たい。。。

 

早く結婚しろ!と騒ぐ両親を横目に大手設計事務所にえいっと転職しました。

 

設計事務所というところはプロジェクトごとにチームになって仕事をします。

大概、計画から実施まで数年かかります。そこで一番下っ端として楽しく仕事しておりました。

 

体力が戻ったのでなんでも楽しい私。

朝9時から23時なんて当たり前の毎日。でもいいの、と張り切ってました。

私は責任も軽いのもあり、元気い仕事していましたが、みんなは毎日お疲れモード。

 

そこで、ゼネコンにいるときは気がつかなかったこと。

いくつかのプロジェクトを経験しますと、あることに気がつきました。

 

設計って施主とのトラブルが、多い。尋常に、多い。

 

その後処理をしながら、新しい案件に対応する、という図式が当たり前でしたので、社内の空気は思い。

なんでなのかしら?と思っていたらある飲み会での会話で原因が解りました。

 

 

一級建築士=神=大先生様思考

 

 

 なので、プライドが超超超高い!(笑)

面倒くさい「大先生」が異常に多かった!(笑)高学歴なの。

でもね、年収200マン切っている、奥さんの扶養に入っているなど「大先生」はフリーランス契約の人も多いんですよ。

 

 

オレ様のスゴい才能を使うんだから金出すの当たり前

素人のくせに口出すな

このデザインがカッコいいんだよ、素人はわかんないよなぁ

 

 

でも大したことない、使いずらい、要望に応えてない、なんかどっかのコピペだよね?そんなに威張るか?(クマの感想)

 

 

こんな感じで私の建築業界への疑問が多くなったのです。

段々と「大先生様」のフォローアップが馬鹿馬鹿しくなり、建築業界をドロップアウトして美容業界に転職。

業界変更してホントウに良かった!

 

この続きはまた次回!

 

 

写真は話題の「ゴースト血管」に着目した化粧品。パッケージデザインをやらせて頂きました。

美容業界15年目の今、本当に本当に、転職して良かった!と思っております。

 

ブランドプロデューサー

熊手えり